義満の使節 拒まれる
足利義満は康暦2(天援6年、1380)年9月、僧侶2人を使者として明に送り方物を献上したが、洪武帝から退けられた。以後20年間は国内統治に専念している。
1386年になって、懐良親王が明の中書左丞相(首相にあたる)の陰謀に関わっていたことが露見した。元の残存勢力と日本の勢力を加えたクーデタ計画だったらしい。すでに懐良は死亡していたが、明は日本と断交した。
日本の歴史7 小学館 より