舟木本
上杉本
歴博甲本
歴博乙本
歴博C本
歴博D本
歴博E本
歴博F本
洛外名所図屏風
米俵を運ぶ牛車
歴博甲本右隻
応仁の乱(1467〜77)でほとんどを焼失した京都は町衆(富裕な商工業者)の力で復興していった。1500年になって祇園会(ぎおんえ)が復活した。京都が復興すると地方に住む人々は都のことを知りたいと思うようになって京の市中(洛中)、郊外(洛外)の様子が描かれるようになった。はじめのころは扇に描かれ、後に屏風に仕立てられるようになった。都のにぎわいを伝えるため祭りや庶民の暮らしなどが描かれている。
司馬遼太郎さんとドナルド・キーンさんの対談「世界のなかの日本」によると、大名のもつべきものとして正宗の短刀、洛中洛外図、牧谿(もっけい)の3つがあって、洛中洛外図には南蛮人できれば色の黒い人がいなければいけない、とされている。
そのほか地方に住む武士への土産品、嫁入り道具などにも使われて、現存するものは100点を超えるという。